ヒストリー
スポットイベントから継続イベントへ
~宇都宮青年会議所の発想から始まった事業~1976年、昭和51年(社)宇都宮青年会議所(当時:現在は公益社団法人)の創立10周年記念事業として、折りしも宇都宮市制80周年の年に挙行されました。この頃宇都宮市の中心部にある二荒山(ふたあらやま)神社を始め、市内各地に伝わる祭りは貴重な文化遺産として市民生活のなかに根づいてきましたが、多くの都市と同様急激な都市化の波が市民相互の心のふれあいの場を次第に少なくしてしまいました。
そこで、市民の交流の場をつくり、そのなかでお互いの「心」のふれあいを求め、市民意識の高揚を図ろうではないか、と新たな祭りが提案され誕生したのが「ふるさと宮まつり」です。
白紙からのスタートであったこの祭りは苦悩の日々であったそうです。「祭りのコンセプトは?」「どんな演目で、どんな団体に呼びかけるか?」「タイムスケジュールは?」と連日会議がもたれ、しかも市内の大通りにはじめて交通規制をかけるという事で大変な苦労だったそうです。
当時の先輩にお聞きした事がありますが、開催年の3年前から少しずつ企画し、各地に視察に赴き、関係諸団体との交渉に明け暮れていたそうです。
そんな先輩たちの功績で、今では毎年8月の第一土日に開催されることが当たり前のように、宇都宮の夏の風物詩にまでなりましたが、当初は1回だけの予定で開催したのですが、先の苦労のかいがあり、市民の声は「ぜひ、継続を!」一色で、現在でも継続されています。
12回目を機に見直された運営方法
~基本は参加団体の自主運営・自主警備~「ふるさと宮まつり」は(社)宇都宮青年会議所の単独事業として、毎年開催されてきていたが、祭りの発展と拡大のために、第12回目から現在の開催委員会形式(下記4団体)で運営されるようになりました。
現在宇都宮観光コンベンションが主に一般事務を担当し、(社)宇都宮青年会議所が当日の企画・運営、宇都宮青少年団体連絡協議会が当日の運営サポート、宇都宮商工会議所が資金調達を担当しています。
事務局には開催委員会構成団体から出向しており、それぞれの立場からの意見を交換し合い、市民が楽しめるより良い祭りにしようと努力を重ねています。
「ふるさと宮まつり」に参加する団体は、それぞれ部会(おはやし部会・みこし部会・パレード部会・おどり部会・郷土芸能部会・和太鼓部会)に所属するという体制をとり、自主運営・自主警備することを基本としています。
時代の流れに翻弄される
~今後の展開と課題~□参加者の偏り□
祭りは土曜日と日曜日の2日間開催しているが、土曜日の参加を希望する団体が多く、スケジュール調整が必要になってきている。
またパレードに至っては、少子化・指導者不足等により、参加団体が年々減少し、現状維持も困難な程になってきている。
新たな参加団体の育成を視野に入れ今後広く募集をかけていく必要性があります。
□安全確保□
「ふるさと宮まつり」が始まるオープニングセレモニーの直前に花火5発を打ち上げ、交通規制開始を通告し、規制解除はクリーン大作戦(会場内の清掃)終了後花火5発を打ち上げ通告する。
開催日以前にも交通規制のチラシを配布し、周辺の利用者に協力を依頼している。
□ゴミ問題□
祭り終了後開催委員会メンバーでクリーン大作戦と題し、会場内の清掃を行っている。また日曜日の夜中、翌月曜日の早朝とメイン会場周辺(特にオリオン通り)も清掃を行っているが、年々ゴミが多く処理しきれないのが現状である。
まつり開催中に場内放送にてゴミの持ち帰りを呼びかけているが、今後呼びかけ以外の得策を模索しなければならない。
これからさらなる発展に向けてる
~夏の風物詩ふるさと宮まつり~宇都宮の夏の風物詩として「ふるさと宮まつり」と市民運動により見事復活を遂げた「鬼怒川の花火大会」と市民の楽しめる夏の2大イベント。
44回と続く「ふるさと宮まつり」も、続いたからこそ周囲からは「まんねり」や「つまらない」と言わる程、認知度が高くなり、インターネットの普及により当日の観客は宇都宮市外から多く訪れるようになってきている。
第30回から新たな演目として「宮っこパレード」が加わり、毎年参加者が増えるなど少しずつではあるが、次代へと繋ぐ取り組みを行っている。
これからは市民の市民による市民のまつりにすべく、日々会議を今も重ねております。